映画『キャノンボール』の疑問とツッコミどころ!ジャッキー・チェン、カウンタック、1981年のアメリカを再検証

映画『キャノンボール』の疑問とツッコミどころ!ジャッキー・チェン、カウンタック、1981年のアメリカを再検証 エンタメ

映画『キャノンボール』は不思議な映画です。

ストーリーは単純。

アメリカ大陸を車で横断して、誰が一番速いかを競う。

それだけです。

ところが久しぶりに観ると、

「タイムカードで時間を計っているのに、なんで最後は徒競走なの?」

「ジャッキー・チェンとマイケル・ホイは香港人なのに、なぜ日本代表?」

「しかも日本人という設定なのに広東語で話してない?」

「そもそもジャッキー、全然出てこないじゃないか」

など、いろいろ気になってきます。

そして調べ始めると、この映画から1981年当時のアメリカ、香港映画界、スーパーカーブーム、速度規制、ハリウッドのスターシステムまで見えてきます。

筆者にとって『キャノンボール』は、単なる昔の映画ではありません。

1984年4月7日、フジテレビ『ゴールデン洋画劇場』で初めてテレビ放送された『キャノンボール』を、小学4年生だった私は家で買ったばかりのVHSビデオデッキに録画しました。[出典1]

当時は大のジャッキー・チェンファン。

当然、

「ジャッキーの映画だ!」

くらいの気持ちで観始めます。

ところが、待てど暮らせどジャッキーがあまり出てこない。

主演はもちろんバート・レイノルズです。

引用 https://fareastfilms.com/review/the-cannonball-run/

何度もビデオを見返すうち、私は次第に、

「ジャッキーの映画」としてではなく「キャノンボールという映画そのもの」を楽しむ

ようになっていました。

あれから40年以上。

大人になった今だから気になる『キャノンボール』の疑問とツッコミどころを、当時の資料や現在確認できる情報と照らし合わせてみます。

  1. 最初の疑問|タイムカードで計測するのに最後の徒競走はおかしくない?
    1. 本物のキャノンボールも「経過時間」で競っていた
    2. ただし「脚本家がルールを知らなかった」わけではない
  2. 実在したキャノンボールは映画とどこが違う?
  3. なぜそもそもこんな無茶なレースが生まれた?
  4. ジャッキー・チェンとマイケル・ホイはなぜ「日本人」なの?
  5. なぜジャッキーはあんなに出番が少ない?
  6. 『キャノンボール』はジャッキーのアメリカ進出初期作品だった
  7. しかし映画そのものは大ヒットしていた
  8. それでもジャッキーは『キャノンボール』から大切なものを持ち帰った
  9. Golden Harvestとハリウッドの合作は当時として珍しかった?
  10. 1981年のアメリカは本当に映画のように明るかったのか?
  11. 55マイル規制の標識に「×」を描く意味
  12. 冒頭のカウンタックは本当に世界的人気に影響した?
  13. あのカウンタックは米国の歴史資料になった
  14. エイドリアン・バーボー&タラ・バックマン組は爪痕を残した?
  15. 子供だった私には、二人が「アメリカそのもの」に見えた
  16. ジャッキーの黒いスバルも忘れられない
  17. 『キャノンボール』の評価は低い?高い?
  18. 1981年のハリウッドだから成立した「スターを並べるだけ」の豪華さ
  19. 『キャノンボール』のテーマ曲はタイムマシンである
  20. 2026年に『キャノンボール』を観ると何が面白い?
  21. 実は「駄作なのに歴史に残った映画」なのかもしれない
  22. まとめ|『キャノンボール』は1981年を丸ごと閉じ込めたタイムカプセル
  23. 参考資料・情報源一覧

最初の疑問|タイムカードで計測するのに最後の徒競走はおかしくない?

これは改めて観ると、かなり気になります。

スタート地点では参加者が順番にタイムカードを機械へ差し込み、

各車が異なる時刻にスタート

します。

ということは勝敗は、

「誰が先にゴール地点へ到着したか」

ではなく、

スタートからゴールまで何時間かかったか

で決めるはずです。

ところがクライマックス。

参加者たちはほぼ同時にゴール地点へ到着すると、車から飛び降りてタイムカード機へ猛ダッシュ。

最後は文字通り、

徒競走

になります。

……いや、ちょっと待ってください。

スタート時刻が違うなら、先にカードを押した人が勝つとは限らないでしょう。

本物のキャノンボールも「経過時間」で競っていた

実在した「Cannonball Baker Sea-to-Shining-Sea Memorial Trophy Dash」も、基本的にはその理解で正しいようです。

自動車誌Car and Driverに残る当時の記録では、勝者は**最も短い経過時間(lowest elapsed time)**を記録した参加者とされています。[出典2]

しかも参加車両は一斉スタートではありません。

それぞれ時間差で出発していました。

つまり、

最後にタイムカードを1秒早く押したから勝ち

ではないのです。

したがって、映画のラストには競技ルール上かなり大きなツッコミを入れられます。

ただし「脚本家がルールを知らなかった」わけではない

ここが面白いところです。

脚本を書いたBrock Yatesは、

本物のキャノンボールを考案した本人

です。[出典2・3]

さらにHal Needham監督も、1979年に行われた実際のキャノンボールへYatesと一緒に救急車で参加しています。[出典3]

つまり制作側が、

「経過時間で競うレースだと知らなかった」

とは考えにくい。

むしろ、

ルールの整合性より、最後に全員を同じ場所へ集めて「誰がカードを押すか!」という分かりやすいクライマックスを作った

と見る方が自然でしょう。

映画としては正しい。

競技としては変。

『キャノンボール』らしいツッコミどころです。

実在したキャノンボールは映画とどこが違う?

本物のキャノンボールは、公式レース場を走るモータースポーツではありません。

1970年代に自動車ジャーナリストBrock Yatesらが始めた非公認の大陸横断走行です。

TIME誌は1975年大会について、スポンサーなし、賞金なし、正式な組織もない非公認イベントだったと報じています。[出典4]

目的は非常にシンプル。

アメリカ東海岸から西海岸まで、最短時間で走る。

ルートは自由。

車も自由。

ドライバーの人数も自由。

速度違反をすれば当然警察には捕まります。

映画の、

「どんな車でもいい」

「警察に捕まらない工夫も勝負」

「とにかく西海岸まで行けばいい」

という無茶苦茶さは、実はかなり本物の精神を受け継いでいます。

しかも映画でバート・レイノルズたちが使う救急車というアイデアも完全な創作ではありません。

1979年大会でYatesとNeedham自身が救急車を使用し、Yatesの妻Pamelaが患者役を演じていました。[出典3]

映画ではファラ・フォーセット演じるPamela Gloverを患者に仕立てます。

名前が「Pamela」なのも偶然ではなさそうです。

つまり『キャノンボール』は、

実話を忠実に映画化した作品ではないが、実際の参加者が自分たちの体験談を思い切り誇張してコメディにした映画

と考えると分かりやすいでしょう。

なぜそもそもこんな無茶なレースが生まれた?

ここには1970年代アメリカの自動車文化があります。

1973年の石油危機を受け、米国では1974年から全国的に**時速55マイル(約88.5km/h)**の最高速度規制が導入されていました。[出典5]

2026年の感覚では、

「高速道路で90km/h弱?」

と思います。

当時の自動車好きにとって、この規制への反発もキャノンボール文化の背景の一つになりました。

つまり本物のキャノンボールには、

「俺たちにどう走るかまで政府に決められたくない」

という、いかにもアメリカ的な反骨精神があったわけです。

映画でA.J.フォイトがレース中止を訴える堅物として描かれ、参加者たちが規則を破りまくる構図も、この時代背景を知ると違って見えてきます。

ジャッキー・チェンとマイケル・ホイはなぜ「日本人」なの?

これも今観るとかなり不思議です。

ジャッキー・チェンは香港出身。

マイケル・ホイも香港を代表するスターです。

ところが映画では、

日本から来たレーシングチーム

として紹介されます。

しかも乗っているのは日本車のSubaru GL 4WD。

引用 https://www.reddit.com/r/subaru/comments/he1t00/the_cannonball_run_1981_jackie_chans_1980_subaru/?tl=ja

ここまでは設定として理解できます。

問題は、

二人が普通に広東語で話していること。

日本人なのに、なぜ広東語?

今回調査した範囲では、

「なぜ日本人設定に変更したのか」を制作側が明確に説明した一次資料は確認できませんでした。

したがって理由を断定することはできません。

ただし、映画上で二人が日本チームとして設定されている一方、二人の会話の大部分が広東語であることは確認できます。[出典6]

しかもさらにややこしい。

一部のクレジットでは二人が「Mitsubishi Driver」と記載されていた資料がある一方、実際に乗っている車は、

Subaru GL 4WD

です。[出典6]

国籍は日本。

俳優は香港人。

言葉は広東語。

車はスバル。

クレジットでは三菱。

かなり大らかです。

2026年の大作映画ならSNSで即座にツッコミが殺到しそうですが、1981年のハリウッドにおける東アジア描写の雑さが、そのまま残っている部分とも言えそうです。

ただし「当時のアメリカ人は中国人と日本人を区別していなかった」とまで一般化できる一次資料は今回確認できていないため、そこまでは断定しません。

なぜジャッキーはあんなに出番が少ない?

子供の頃の私は、ここが最大の不満でした。

日本でジャッキー人気が非常に高かった時代に観れば、

「ジャッキー・チェン出演!」

と聞いただけで期待します。

ところが本編では完全に脇役。

格闘シーンも少しだけ。

香港映画のジャッキーとは別人のようです。

しかし当時のジャッキーの立場を調べると理由が見えてきます。

『キャノンボール』はジャッキーのアメリカ進出初期作品だった

ジャッキーは香港ではすでに『スネーキーモンキー 蛇拳』『ドランクモンキー 酔拳』などでスターになっていました。

Golden HarvestのRaymond Chowは、ジャッキーを国際スターにする構想を持っていました。[出典7]

そこで1980年、アメリカ市場を狙った主演映画『バトルクリーク・ブロー』を制作します。

ところが期待したほどの成功にはつながりませんでした。

その次に出演したのが『キャノンボール』です。

今回は主演ではありません。

バート・レイノルズを中心とした超豪華スター群像劇の中の、

「日本から来た変なハイテクチーム」

という一組でした。

South China Morning Postによると、ジャッキー自身はこの時期のアメリカ活動について、このまま米国に残っていたら自分のキャリアが終わると感じたという趣旨の回想をしています。[出典7]

つまり、

『キャノンボール』は現在の世界的スター、ジャッキー・チェンがハリウッドへ進出した成功作

というより、

一度目のハリウッド攻略がうまくいかなかった時代の作品

なのです。

しかし映画そのものは大ヒットしていた

ここがまた面白いところです。

『キャノンボール』は北米で約7,218万ドルを稼ぎ、1981年公開作品の北米興行収入で6位に入りました。[出典8]

上には『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』『スーパーマンII』などがいます。

つまり、

映画は大ヒット。

しかし、

ジャッキー・チェンをアメリカの大スターにする作品にはならなかった。

ということです。

1984年の日本でジャッキー目当てにテレビを観て、

「全然出てこないじゃないか!」

と感じたのは、ある意味正しかったわけです。

それでもジャッキーは『キャノンボール』から大切なものを持ち帰った

意外な遺産があります。

エンドクレジットのNG集です。

『キャノンボール』では本編終了後、出演者の失敗や笑ってしまった場面などが流れます。

ジャッキーはこの演出に影響を受け、自分の映画にもNGシーンを取り入れるようになったとされています。[出典9]

後のジャッキー映画といえば、

本編終了。

主題歌。

そして命懸けのスタント失敗映像。

というスタイルがおなじみになりました。

つまり『キャノンボール』でのジャッキーの出番は少なくても、

後のジャッキー映画そのものに影響を与えた作品

だったのです。

これは子供の頃にはまったく気づきませんでした。

Golden Harvestとハリウッドの合作は当時として珍しかった?

『キャノンボール』は香港のGolden Harvestが製作に深く関わり、20th Century-Foxが米国で配給しました。[出典10]

1981年という時代を考えると、これは興味深い組み合わせです。

Golden Harvestはブルース・リー作品の世界的成功以降、かなり積極的に海外へ進出していました。

『燃えよドラゴン』でWarner Bros.と組んだ経験もあり、その後アメリカに映画部門を設け、『バトルクリーク・ブロー』『キャノンボール』など約20本のハリウッド作品へ投資したとSubway Cinemaは紹介しています。[出典11]

したがって、

「香港企業が突然ハリウッド大作へ参加した奇跡の一本」

というわけではありません。

むしろGolden Harvestが、

香港映画を世界へ売るだけでなく、自分たち自身が国際映画ビジネスへ入ろうとしていた時代

の象徴的作品と見る方が正確です。

そしてキャストには、

バート・レイノルズ。

ロジャー・ムーア。

ファラ・フォーセット。

ディーン・マーティン。

サミー・デイヴィスJr.

ジャッキー・チェン。

マイケル・ホイ。

これだけ異なる市場のスターが同居しています。

2026年なら「グローバル市場を意識したキャスティング」と呼ばれそうですが、それを45年前にやっていたわけです。

1981年のアメリカは本当に映画のように明るかったのか?

子供の頃の私には、アメリカはとにかく眩しく見えました。

1984年前後なら、

ロサンゼルスオリンピック。

マイケル・ジャクソン。

『特攻野郎Aチーム』。

『アメリカ横断ウルトラクイズ』。

日本も今思えば十分に活気のある時代でした。

それでもアメリカからやって来るものには、

「これが本場だ」

という独特のオーラがありました。

『キャノンボール』には、その感覚を凝縮したようなところがあります。

巨大な国土。

どこまでも続くハイウェイ。

スーパーカー。

トラック。

モーテル。

CB無線。

派手な服。

警察とのカーチェイス。

大人たちがルールを無視して遊び続ける。

しかし現実の1981年アメリカが、映画のように能天気だったわけではありません。

1981年の米国の年間失業率は7.6%。年後半には景気後退へ入り、インフレや高金利も大きな問題でした。[出典12・13]

つまり『キャノンボール』は、

景気の良いアメリカを記録したドキュメントではない

のです。

むしろ石油危機や速度規制、景気不安などを経験した時代に、

「そんなもの知るか。V12でアメリカを横断してしまえ」

という夢を見せた映画だったとも考えられます。

55マイル規制の標識に「×」を描く意味

冒頭のカウンタックを思い出してください。

黒いCountachが警察を振り切り、女性が速度標識へスプレーで「×」を描きます。

ただの悪ふざけにも見えます。

しかし当時のアメリカでは全国55mph規制が存在していました。[出典5]

したがってあの「×」は、

映画全体の思想を数秒で説明している

とも読めます。

「55マイル?」

「知らないよ。」

「私たちはもっと速く走る。」

『キャノンボール』とは、そういう映画なのです。

冒頭のカウンタックは本当に世界的人気に影響した?

これはかなり「YES」に近い答えを出せます。

ただし、

『キャノンボール』だけでCountachが有名になった

とまで単純化するのは適切ではありません。

Countach自体、Marcello Gandiniによる非常に先鋭的なデザインで、映画以前から注目されていました。

それでも映画の影響は非常に大きかったようです。

Lamborghini公式は、黒いCountach LP400 Sによる約3分間のオープニングを、現在も自動車ファンにとって伝説的な場面として扱っています。[出典14]

さらに驚くのは、その後です。

あのカウンタックは米国の歴史資料になった

映画に登場した1979年式Countach LP400 S、シャシーNo.1121112は、2021年に、

National Historic Vehicle Register

へ登録されました。[出典15]

これはアメリカ史上重要な自動車を記録する制度で、その資料は米議会図書館に永久保存されます。

Hagerty Drivers Foundationは、この車について『キャノンボール』によってCountachが広くアメリカ人へ知られ、1980年代を象徴する「ポスターカー」になるうえで大きな役割を果たしたと評価しています。[出典15]

米議会図書館にも、この実車の写真や図面などが正式に保存されています。[出典16]

つまり、

「子供の頃、あのカウンタックを見て興奮した」

という人が大量に存在したこと自体が、今ではアメリカ自動車文化史の一部になっているのです。

エイドリアン・バーボー&タラ・バックマン組は爪痕を残した?

間違いなく残しました。

ただし現代の感覚で見ると、二人の描き方には時代を感じます。

胸元を強調したレーシングスーツ。

警察官の注意を容姿でそらす。

1981年らしいお色気演出です。

公開当時、Roger Ebertはこの役柄をかなり辛辣に評しており、映画全体についても最低レベルに近い厳しい評価をしています。[出典17]

ところが45年後。

評価のされ方が変わっています。

2024年、Lamborghini公式はCountach LP400 Sの45周年企画として、

Adrienne BarbeauとTara Buckmanを撮影以来初めて再会させました。[出典14]

引用 https://www.automesseweb.jp/2024/06/27/1601704

二人によれば、現在でもファンからCountachの写真やミニカーへのサインを求められるそうです。

Barbeauはホラー映画や『バットマン』のCatwoman役など多くの仕事をしてきたにもかかわらず、Countach関連のサインを求められることが非常に多いと振り返っています。[出典18]

これはすごいことです。

役柄そのものは決して深くありません。

しかし、

黒いCountach+二人の女性+Ray Stevensの「Cannonball」

という組み合わせが一枚の強烈な映像記憶になった。

結果として、二人は自動車映画史に残りました。

子供だった私には、二人が「アメリカそのもの」に見えた

1984年。

小学4年生だった私(玄ちゃん)は、Adrienne BarbeauとTara BuckmanのCountachチームに完全に見惚れていました。

派手で、華やかで、堂々としている。

子供のくせに、

「こんないい女、日本にはいないよな」

などと生意気なことまで思っていました。

もちろん今なら、それが現実のアメリカ女性の平均像などではなく、ハリウッド映画が作った「華やかなアメリカ」のイメージだったと分かります。

でも子供には分からない。

テレビの向こう側に映るものが、そのまま「外国」でした。

この感覚は、インターネットで世界中の日常生活をリアルタイムに見られる2026年には、かなり失われてしまったものかもしれません。

ジャッキーの黒いスバルも忘れられない

Countachほど語られませんが、個人的にはもう一台忘れられない車があります。

ジャッキー・チェンとマイケル・ホイが乗る、

Subaru GL 4WD。[出典19]

映画ではコンピューター、赤外線装置、ロケットのような仕掛けまで備えた未来の日本車として登場します。

子供だった私には、あの黒く小さな車が妙にカッコよく見えました。

Countachのようなスーパーカーではない。

むしろコンパクト。

なのにハイテク。

「大人になったら、こういう黒い車に乗りたい」

と思ったことを覚えています。

それから約35年。

2018年頃に香港を訪れた際、街中で黒く光沢のあるFord Focusを見かけました。

(実際の画像)

もちろん『キャノンボール』のSubaruとは別の車です。

それなのに一瞬で、

「キャノンボールだ!」

と子供の頃の感覚が戻ってきました。

映画を観た時の記憶は、ストーリーだけ残るわけではないのでしょう。

車の色。

ボディの形。

音楽。

道路。

そういう断片が40年近く脳内に残り、似たものを見た瞬間に突然再生される。

映画の面白さは、こういうところにもあると思います。

『キャノンボール』の評価は低い?高い?

ここにも大きなギャップがあります。

公開当時の批評家からはかなり酷評されました。

Roger Ebertは4点満点中0.5点という非常に低い評価。[出典17]

現在のRotten Tomatoesでも批評家スコアは29%ですが、観客側のPopcornmeterは61%です。[出典20]

つまり、

映画評論として評価すると低い。

でも、

「好きか嫌いか」なら結構好きな人がいる。

という作品なのです。

それも理解できます。

ストーリーは薄い。

登場人物も深くない。

レースのルールすら最後に崩壊する。

それでも、

バート・レイノルズ。

ドム・デルイーズ。

ロジャー・ムーア。

ファラ・フォーセット。

ディーン・マーティン。

サミー・デイヴィスJr.

ジャッキー・チェン。

マイケル・ホイ。

そしてCountach。

これだけ並べて、

「みんなでアメリカを横断して遊びます」

という映画です。

批評家が怒る理由も分かる。

ファンが好きになる理由も分かる。

1981年のハリウッドだから成立した「スターを並べるだけ」の豪華さ

この映画を2026年に観る面白さの一つが、

スターそのものがコンテンツだった時代

を感じられることです。

Roger Mooreは007のパロディを本人がやる。

Dean MartinとSammy Davis Jr.が神父に扮する。

NFLスターのTerry Bradshawまで出てくる。

Peter Fondaはバイク集団のリーダー。

ストーリー上必要だからキャスティングされたというより、

「この人が出てきた!」

自体がギャグです。

これは現在のMCU型のユニバース作品とも違います。

作品世界の設定でスターを集めるのではなく、

芸能人運動会のようにスター本人のイメージを持ち込む。

1981年の観客だから笑える内輪ネタも多く、逆に2026年の若い観客には意味が分からない場面もあるでしょう。

それもまた時代資料として面白いところです。

『キャノンボール』のテーマ曲はタイムマシンである

そして個人的には、車以上に強烈なのが音楽です。

冒頭。

黒いCountach。

警察との追跡。

そこへ流れるRay Stevensの、

「Cannonball」。[出典21]

これを聴くだけで、今でも1984年へ戻れます。

ゴールデン洋画劇場。

家にやってきたばかりのVHSデッキ。

小学校4年生。

何度も巻き戻して観たビデオテープ。

映画音楽には不思議な力があります。

作品の場面を思い出すだけではありません。

その映画を観ていた頃の自分まで呼び戻す。

だから私にとって『キャノンボール』のテーマ曲は、単なる主題歌ではありません。

1984年へ行くためのタイムマシンです。

2026年に『キャノンボール』を観ると何が面白い?

今観れば、いろいろ古いです。

女性の描き方。

アジア人の扱い。

警察との関係。

飲酒を絡めたギャグ。

速度違反への感覚。

安全意識。

映画のテンポ。

全部違います。

しかし、その違いこそ面白い。

『キャノンボール』を2026年の価値観へ無理に合わせて評価するより、

「1981年の人たちは何をカッコいいと思い、何を笑っていたのか」

を見る映画として楽しむ。

そうすると急に文化資料になります。

『キャノンボール』に映るもの1981年前後2026年から見ると
55mph規制社会的な現実時代背景を知らないとギャグが分かりにくい
Countach超未来的スーパーカー80年代文化の象徴
Subaru日本のハイテク車日本車躍進期のイメージ
CB・無線移動中の通信手段スマホ以前の世界
日本チーム東洋のハイテク担当ステレオタイプがかなり強い
女性Countachチームお色気+スーパーカー時代性が非常に濃い
豪華スター競演スター自身が見世物現代のIP中心映画とは違う
公道爆走反権威的な爽快感安全・法令面ではかなり危なっかしい

実は「駄作なのに歴史に残った映画」なのかもしれない

『キャノンボール』を映画作品として厳密に分析すると、欠点はいくらでもあります。

物語は薄い。

キャラクターも薄い。

ジャッキー・チェンの使い方はもったいない。

日本人設定なのに広東語。

スバルなのに三菱表記。

最後には自分たちで設定したタイムカード制まで無視する。

批評家が酷評したのも理解できます。

ところが45年後。

CountachはNational Historic Vehicle Registerに入り、その記録は米議会図書館に残されました。[出典15・16]

Adrienne BarbeauとTara BuckmanはLamborghini公式によって再会しました。[出典14]

ジャッキーが映画から学んだNG集は、その後彼の作品を象徴する演出になりました。[出典9]

本物のCannonball Runというイベント自体も、自動車文化史として語り継がれています。

そして1984年にテレビで観た日本の小学生の記憶にまで、40年以上残っている。

それを考えると、

映画の価値は「脚本がよくできているか」だけでは測れない

のでしょう。

まとめ|『キャノンボール』は1981年を丸ごと閉じ込めたタイムカプセル

今回調べて最も面白かったのは、

「タイムカード制なのに最後の徒競走はおかしい」

という最初の疑問です。

結論。

やっぱり、おかしい。

本物のキャノンボールも経過時間で競っていました。

しかも脚本家は本物のキャノンボールを作ったBrock Yates本人。

監督Hal Needhamも本物のレース参加者です。

つまり、知らなかったわけではありません。

映画を面白くするため、最後だけ自分たちでルールを破った。

考えてみれば、それこそ『キャノンボール』らしい気もします。

ルール?

そんなものより面白い方を選ぼう。

そんな映画です。

そしてジャッキー・チェンとマイケル・ホイが日本人なのに広東語を話し、Countachが警察を振り切り、Dean MartinとSammy Davis Jr.が神父になり、Roger Mooreが「Roger Moore」を演じる。

何もかも大らかです。

2026年に初めて観る人には、古臭いドタバタ映画に見えるかもしれません。

でも1980年代に子供だった人にとっては違います。

そこには、

まだ簡単には行けなかったアメリカ。

テレビの向こう側にしか存在しなかったスーパーカー。

日本では見たことのない風景。

世界のスターたち。

そして、

「外国ってすげえな」

という感覚が詰まっています。

だから私は今でもRay Stevensの「Cannonball」を聴くと、小学4年生に戻ります。

家に来たばかりのVHSデッキ。

何度も再生したテープ。

ジャッキーがなかなか出てこないことへの少しの不満。

黒いスバルへの憧れ。

Countachに乗る二人の美女。

そして、どこまでも続いているように見えたアメリカの道路。

『キャノンボール』は名作なのか。

映画評論としては意見が分かれるでしょう。

でも私にとっては、

1984年の自分に会いに行ける映画です。

そういう映画は、点数ではなかなか評価できません。

参考資料・情報源一覧

本記事は、以下の公的資料・公式資料・インタビュー・報道などを参考に作成しています。(2026年10月6日時点)

作品・放送・実在レース

ジャッキー・チェン/Golden Harvest

1981年のアメリカ

Countach・自動車文化

評価・音楽

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