香港の街はなぜ日本語が多い?看板や商品に日本語が使われる理由と親日文化を現地画像で考察

人物
Screenshot

香港に年2回ほど渡航する玄ちゃんがいつも思うのが、香港の街でやたらと日本語を見かけるなあ、ということです。

私は香港以外にこれまで、中国本土、アメリカ、カナダ、韓国、イタリア、フランスに渡航した経験がありますが、これほどまでに日本語が街に溶け込んだ街はないんじゃないかと。

今回は実際に私が見た『香港の日本語』を紹介しつつ、その背景にある事情を探ってみました。

香港で見かける日本語が面白い!

ではでは、どんな日本語を香港の街で見かけるのか、あれこれと実際に撮影していますので見ていきましょう。

まずはこんなの!

『優の良品』。うん、なんとなく言わんとしていることはわかりますよ。優れた良い品、ですよね。

無印ナントカにインスパイアされたのかな?

お菓子やさんなのかな?アジ・イチバンだそうです。

次。朝早くのフライトで香港入りした時、佐敦のホテルに着いた後、夕方からさあ活動しようかという時にエネルギー補給をするために買って飲んだのがこれ。

リポDがLIBOGEN、リボゲンになってます。力を保ち、健康になるという意味でしょうか。これは日本語というより日本後風の造語といったところか。

街を走るバスに目を向けてみると…

何やらカタカナで書いてありますね。漢字も、当て字っぽいです。うーん。

これは香港の秋葉原とも言われる深水埗(シャムスイポー)で見かけたお店。

日本城と書いて、ジャパンホームセンターですか。この日本城は小規模なホームセンターといった感じらしいです。

玄ちゃん的にオススメなのはこれです。『極度乾燥(しなさい)』。

これぞ香港的日本語!と思ったのですが、この『極度乾燥(しなさい)』はイギリス発のアパレルブランドです。

でも、この怪しさが香港にピッタリな気がしません??

一方、まっとうなのはこれ。

銅鑼湾のそごうです。銅鑼湾といえばSOGOというくらい現地ではお馴染みです。

日本のデパートが香港の繁華街にバーンと建てられていると、なんだか頼もしいような気分になります。

お次はスーパーマーケットに陳列されていた日本商品。

しかしながら細かくツッコミさせてもらうと、、『博多焼きそば』って初めて聞きますね。博多もつ焼きそばならなんとなく聞いたことあるけど。香港だけで売ってる日本商品か?

極め付けはこれ!

アンメルツ的な、薬局に売ってる『なまうつぢつぢ』。清新の気味…って、なんじゃこりゃ!28HKDくらいしましたので2026年11月のレートだと日本円にして560円。これ面白かったので複数買って、帰国後友人達にお土産でプレゼントしました。

探せばまだまだありそうです、香港の興味深い日本語。

なぜ香港の看板や商品には日本語がよく使われるのか?

このように、香港の街を歩いていると日本語で書かれた看板や商品名を頻繁に見かけるわけですが、なんでなんでしょう?

飲食店や食料品、日用品などにも日本語が使われており、ときには日本人から見ると少し不思議な表現に出会うことも。

興味深いのは、こうした日本語が必ずしも日本人観光客に向けられているわけではなさそうなことです。

香港では、日本語の文字そのものが「日本らしさ」を演出するデザインや、商品のイメージを高めるブランド表現として使われる場合があるようです。

例えば、食品のパッケージに「北海道」「職人」「和風」といった日本語を取り入れることで、視覚的に日本の食文化や品質への期待を連想させることができます。

つまり、日本語は商品の内容を説明するためだけでなく、消費者に特定の印象を与える役割も担っているのですね。

もちろん、日本語が書かれているからといって、その商品が日本製とは限りません。日本企業の直営店や正式なライセンス商品もあれば、香港の企業が独自に日本風の商品を開発している場合もあるでしょう。

また、日本語として多少不自然な表現であっても、現地では文字の形や雰囲気が重視されている可能性もあります。

日本人には少し奇妙に見える日本語も、香港では独自の商業文化の一部として受け入れられているのかもしれません。

香港は親日なのか?日本文化が身近にある理由

もうちょっと掘り下げていくと、香港と日本の関係には少し複雑な歴史があります。

香港は第二次世界大戦中の1941年12月から1945年8月まで、日本軍の占領下に置かれていました。この約3年8か月は、食料不足や厳しい統制などによって、多くの住民が苦しい生活を強いられた時代でした。

しかし、戦後の香港では、日本の商品や文化が次第に広く受け入れられていきます。

1960年代以降、日本製の家電や自動車が普及し、日本の百貨店も香港へ進出しました。1980年代から1990年代にかけては、日本の音楽、アニメ、テレビドラマなどが人気を集め、香港の大衆文化にも影響を与えました。

そういえば、くまモンがブームだった時は、香港にも結構くまモンいましたね。以下は『香港フィルマート』というイベントに行った時に出会ったくまモン。

日本の楽曲が広東語でカバーされたり、日本食が現地の好みに合わせて発展したりするなど、香港では日本文化を独自の形に変えながら取り入れてきた歴史があります。

ここで興味深いのは、台湾や韓国との違いです。

台湾は50年間、朝鮮半島は35年間にわたって日本の植民地統治を経験しました。一方、香港における日本の統治は戦時中の短い軍事占領であり、戦後は再びイギリスの統治下に戻っています。

そのため、現在の香港で見られる日本文化の人気は、戦時中の日本の影響がそのまま残ったというより、戦後の経済交流や商品、娯楽、食文化を通じて広まったものと考える方が適切でしょう。

香港の街で日本語の看板や日本風の商品を頻繁に見かける光景は、長年にわたる文化交流と、日本文化が現地の暮らしに深く入り込んできたことを感じさせます。

参考資料・情報源

本記事の歴史的・文化的背景については、以下の資料を参考にしています。

  1. 香港の街頭看板における多言語使用に関する学術研究(2025年)
    香港の街頭看板における日本語の使用状況や、日本語が品質・日本らしさ・ブランドイメージを表現する役割について考察した研究。
  2. JETRO(日本貿易振興機構)|香港市場と日本ブランドに関する資料
    香港市場における日本企業や日本ブランドの展開、日本と香港の商業的な関係を理解するための参考資料。
  3. 香港城市大学|香港における日本語人気の文化的背景に関する研究
    日本の大衆文化への関心や文化的な親近感が、香港における日本語の人気とどのように関係しているかを考察した研究。
  4. 香港政府档案処|日本軍による香港占領の歴史
    1941年から1945年にかけての日本軍による香港占領と、当時の社会状況を知るための公的資料。
  5. 香港大学|1980年代の香港における日本のポピュラー音楽の普及
    日本の音楽が香港の大衆文化に与えた影響や、現地での受容について考えるための研究資料。
  6. 香港理工大学|香港における日本食の軌跡
    香港で日本食が普及し、現地の食文化に取り入れられてきた過程を扱う研究資料。
  7. The China Quarterly|香港と日本の商業・文化・歴史的関係
    香港と日本の経済交流、文化的な結びつき、歴史認識など、両地域の複雑な関係を理解するための学術資料。

コメント

タイトルとURLをコピーしました