B’z松本孝弘は豊中市に何を寄付した?金額・支援した8高校と感謝バンドの現在

松本孝弘 寄付 人物

B’zのギタリスト、松本孝弘さんが、大阪府豊中市への寄付を通じて高校生の音楽活動を支援してきたことをご存じでしょうか。

引用 https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1778532

松本さんは2018年、自身がステージで使用していたスピーカーキャビネットをオークションに出品し、その落札金全額を豊中市に寄付しました。

寄付金は市内の高校軽音楽部の楽器や音響機材の購入に活用され、当初7校だった支援対象は、その後8校へ広がっています。[出典1・3]

さらに、2026年8月には、豊中市への私財の寄付により、松本さんが紺綬褒章を受章したことが発表されました。[出典9]

しかし、この支援の本当の価値は、寄付金額だけでは測れないのかもしれません。

実際に支援を受けた大阪府立桜塚高校では、松本さんへの感謝を音楽で伝えるバンドが誕生し、2025年末には8代目のメンバーが活動していました。[出典7]

今回は、松本さんが豊中市に何を寄付したのか、対象となった高校、購入された機材、支援の成果、そして本人が語った音楽への思いを調査しました。

松本孝弘は豊中市に何を寄付した?まず結論

松本孝弘さんが2018年に豊中市へ寄付したのは、過去にステージで使用したスピーカーキャビネットをオークションで販売した際の落札金全額です。

豊中市の公式発表によると、寄付先は豊中市文化芸術振興基金でした。[出典1]

スピーカーキャビネットとは、ギターアンプなどで使われる、スピーカーを収めた機材のことです。

ギタリストにとって、音を作り、観客へ届けるために重要な役割を持つものです。

松本さんは、B’zのデビュー30周年を記念した展示会で、自身がステージで使用してきたスピーカーキャビネットをサイレントオークションに出品しました。

そして、落札金を豊中市の音楽振興に役立てることを選んだのです。

寄付の概要を整理すると、次のようになります。

項目内容
寄付者B’z・松本孝弘
寄付先大阪府豊中市
寄付先の基金豊中市文化芸術振興基金
最初の寄付2018年
寄付の原資スピーカーキャビネットのオークション落札金
寄付した範囲落札金全額
主な用途高校軽音楽部の楽器・機材購入
当初の対象市内7高校
その後の対象市内8高校

[出典1・3]

ここで大切なのは、松本さんが使用していた機材そのものを7校へ配ったわけではない、という点です。

使用済みの機材をオークションに出し、その収益を新たな楽器や設備の購入に活用したという仕組みです。

玄ちゃんは、この方法に松本さんらしい音楽家としての発想を感じます。

自分が使ってきた音楽機材の価値を、これから音楽を始める若者たちの環境へ変えたからです。

松本孝弘の寄付金額はいくら?オークション収益の仕組み

松本孝弘さんの寄付について、気になるのが具体的な金額です。

結論からいうと、今回確認した豊中市の公式資料と主要報道では、2018年の寄付金の具体的な総額は確認できませんでした。

豊中市は、オークションの落札金全額が寄付されたことを明らかにしていますが、その金額までは掲載していません。[出典1]

また、2026年の紺綬褒章受章を伝える報道でも、寄付額の具体的な数字は示されていません。[出典9]

したがって、推測で「数百万円」「数千万円」などと書くことはできません。

サイレントオークションとは?

サイレントオークションとは、参加者が希望する入札金額を提示し、一般的な競りのように声を上げて価格を競うのではなく、所定の方式で落札者を決める仕組みです。

B’zのデビュー30周年記念展示会「B’z 30th Year Exhibition “SCENES” 1988-2018」では、松本さんが過去にステージで使用したスピーカーキャビネットが、この方式で出品されました。[出典1]

オークションの収益が寄付に変わるまでの流れは、次のように整理できます。

段階内容
1松本さんが過去に使用したスピーカーキャビネットを出品
2ファンなどがサイレントオークションに参加
3落札者が決まり、落札金が集まる
4落札金全額を豊中市へ寄付
5市が高校軽音楽部の楽器・設備購入に活用

[出典1]

紺綬褒章を受章したから寄付額がわかる?

2026年8月21日、松本さんが紺綬褒章を受章したと報じられました。

紺綬褒章は、公益のために私財を寄付した個人や団体に贈られる褒章です。[出典9]

ただし、受章した事実だけで、松本さんの寄付総額を特定することはできません。

また、2026年の受章対象となった寄付と、2018年のオークション収益による寄付を、すべて同一の寄付として扱うことも適切ではありません。

2018年の寄付と、その後の継続的な支援、2026年の受章は、時系列を分けて理解する必要があります。

松本孝弘が支援した高校はどこ?対象7校を紹介

2018年に松本孝弘さんの寄付金を活用する対象となったのは、豊中市内で軽音楽部が活動していた7つの高校です。

豊中市の公式発表では、次の学校が掲載されています。[出典1]

学校名区分
大阪府立桜塚高等学校公立
大阪府立千里青雲高等学校公立
大商学園高等学校私立
大阪府立豊島高等学校公立
大阪府立刀根山高等学校公立
大阪府立豊中高等学校公立
梅花高等学校私立

注目したいのは、公立高校だけでなく、私立高校も支援対象に含まれていることです。

松本さんの寄付は、特定の学校だけを支援するものではなく、市内で音楽活動に取り組む高校生たちを幅広く応援する形になっています。

7校から8校へ増えた理由は?

豊中市が2024年6月に公開した公式noteでは、当初の7校に履正社高等学校が加わり、対象が8校になったと説明されています。[出典3]

つまり、8校目は履正社高校です。

時期支援対象確認できる内容
2018年7校豊中市が対象校を公表
2019年7校楽器・機材の贈呈式
2024年8校履正社高校が加わったことを市が公表

[出典1・2・3]

なお、履正社高校が具体的にいつ支援対象に加わったのかについては、今回確認した資料では特定できませんでした。

松本孝弘の寄付で何が購入された?楽器・機材の使い道

豊中市は、寄付金を高校軽音楽部の楽器や音響機材などの購入に活用したと説明しています。[出典1・2]

桜塚高校の公式サイトでも、松本さんの寄付によって7校に楽器や音響機材などが贈られたことが報告されています。[出典5]

ただし、今回確認した資料では、各高校が購入した機材のメーカー、型番、数量、価格までを網羅した一覧は確認できませんでした。

そのため、「桜塚高校には特定メーカーのギターが何本贈られた」といった記述はできません。

楽器や音響機材の支援が持つ意味

軽音楽部でバンド活動をするには、演奏するための楽器だけでなく、アンプや音響設備なども必要です。

しかし、十分な機材がなければ、練習や演奏の機会が制限される可能性があります。

そこで、寄付金によって設備を整えられれば、高校生たちはより良い環境で音楽に取り組めるようになります。

これは玄ちゃんによる一般的な考察ですが、支援の価値は単に楽器を所有できることだけではないと思います。

支援によって整う環境高校生にとって考えられる効果
楽器の充実演奏を始める機会が増える
音響機材の整備バンド全体での練習がしやすくなる
学校内での機材共有後輩も継続して使用できる
演奏環境の改善発表やライブに挑戦しやすくなる

※上記は一般的な音楽活動への効果を整理したものであり、各校で個別に測定された成果ではありません。

玄ちゃんが特に重要だと思うのは、学校に残る設備であることです。

一人の生徒が卒業しても、楽器や機材が学校で使われ続ければ、次の学年の生徒も恩恵を受けられます。

松本孝弘の寄付は現在も続いている?7校から8校への広がり

松本孝弘さんの寄付は、2018年の一度限りの出来事ではありません。

豊中市は2024年7月号の広報誌で、松本さんから継続して寄付を受けていることを明らかにしています。

また、その寄付を市内8高校の軽音楽部の楽器購入費などに活用していると説明しています。[出典4]

さらに、2026年8月には豊中市への私財の寄付によって紺綬褒章を受章したことが報じられました。[出典9]

ただし、毎年必ず一定額を寄付しているのか、2026年10月現在も新たな寄付が継続しているのかについては、今回の公開資料だけでは判断できません。

確認できる事実を整理すると、次の通りです。

年出来事
2017年B’zとして豊中市で凱旋ライブ
2018年オークション落札金全額を寄付
2019年市内7高校へ楽器・機材を贈呈
2020年豊中市名誉市民に選定
2024年市が継続的な寄付と8校への支援を公表
2025年桜塚高校の感謝バンドが8代目として活動
2026年豊中市への寄付による紺綬褒章受章を発表

[出典1・2・3・4・7・9]

この時系列を見ると、寄付が単発の話題で終わらず、長期間にわたって地域の音楽活動と結びついてきたことがわかります。

松本孝弘の寄付を受けた高校生はどうなった?桜塚高校の感謝バンド

松本孝弘さんの寄付が、実際にどのような成果につながったのか。

その具体例として注目したいのが、大阪府立桜塚高校の軽音楽部です。

2019年の贈呈式で「愛のバクダン」を演奏

豊中市によると、2019年3月6日に行われた楽器等の贈呈式では、桜塚高校の生徒たちが7校を代表してB’zの「愛のバクダン」を演奏し、感謝の気持ちを伝えました。[出典2]

桜塚高校自身も、2019年3月の公式記事で、楽器や音響機材の贈呈と演奏について報告しています。[出典5]

なお、贈呈式の日付については、豊中市の公式ページでは3月6日、桜塚高校の公式記事では3月7日と記載が異なっています。

今回の調査では、この違いを解消できませんでした。

そのため、本記事では豊中市の記録に基づいて3月6日としつつ、学校側の記録との相違があることを明記します。

「桜塚Komachi Angel」が誕生

さらに興味深いのが、松本さんへの感謝を音楽で伝えるバンド「桜塚Komachi Angel」の存在です。

豊中市の公式インタビューによると、このバンドは松本さんの楽器寄贈をきっかけに誕生しました。

メンバーたちはB’zの楽曲を中心に演奏し、その魅力を広める活動に取り組んでいます。[出典6]

そして桜塚高校の2025年12月31日の公式記事では、バンドが8代目となり、「Still Alive」「MOVE」などの楽曲に挑戦していることが紹介されています。[出典7]

支援の成果は卒業後にも受け継がれている

高校の部活動では、毎年生徒が卒業し、新しい部員が入ってきます。

そのため、一つのバンドが何年も続くには、後輩たちが活動を引き継いでいく必要があります。

「桜塚Komachi Angel」が8代目になったという事実は、松本さんへの感謝を音楽で伝える活動が、世代を超えて続いていることを示しています。

玄ちゃんは、ここに今回の寄付の最も大きな価値を感じます。

松本さんが残しているのは、寄付金だけではありません。

自分が使ってきた音楽機材を、次の世代が音楽を奏でるための環境へと変えたことに、この支援の本当の価値があるのではないでしょうか。

2024年には高校生が恩返しライブを開催

2024年5月、松本さんは豊中市立文化芸術センターで凱旋公演を開催しました。

これに合わせて、地元の高校生たちは「春の高校生軽音楽フェスティバル」を開催。

松本さんへの感謝と応援の気持ちを込めて演奏を披露しました。[出典3・4]

支援を受けた高校生が、今度は音楽で支援者へ感謝を伝える。

こうした交流が続いていることも、寄付の成果の一つといえるでしょう。

松本孝弘はなぜ豊中市を支援する?出身地と名誉市民の関係

松本孝弘さんは1961年、大阪府豊中市で生まれました。

豊中市の公式資料によると、幼少期には梅花幼稚園や市立上野小学校に通っていました。[出典3]

その後、B’zのギタリストとして活動し、世界的に評価される音楽家となります。

しかし、豊中市との関係は途切れたわけではありません。

2017年にはB’zとして凱旋ライブを開催し、2020年には豊中市の名誉市民に選ばれています。[出典3]

豊中市の名誉市民になったのはいつ?

松本さんが豊中市の名誉市民に選定されたのは、2020年2月26日です。

豊中市議会の本会議で、満場一致で決定しました。[出典3]

豊中市は、松本さんの音楽活動における功績だけでなく、地元との継続的な関わりも評価しています。

豊中市への思いがわかる本人発言

2020年9月号の『広報とよなか』には、松本さんと当時の長内繁樹市長との対談が掲載されています。

松本さんは幼少期の豊中での思い出について語り、上野小学校での先生との交流などを振り返っています。[出典8]

また、名誉市民に選ばれた際には、今後も故郷の豊中に貢献したいという趣旨のメッセージを寄せています。[出典3]

こうした発言からは、豊中が単なる出生地ではなく、本人にとって思い出のある場所であることがうかがえます。

松本孝弘が若いミュージシャンを応援する理由とは?

松本孝弘さんがなぜ若いミュージシャンを応援するのか。

この疑問については、本人の発言から具体的な手がかりが得られます。

2020年9月号の『広報とよなか』に掲載された市長との対談で、松本さんは、自分に特別な音楽の素質があったというよりも、音楽が好きだったからこそ自然に多くの時間を費やしてきた、という趣旨の話をしています。

そして、軽音楽部で活動する高校生たちにも、自分が打ち込めるものを見つけてほしいという思いから寄付をしたと説明しています。[出典8]

これは、今回の記事で最も重要な本人発言の一つです。

才能よりも「好きでいられる環境」を大切にしている?

玄ちゃんは、この発言が非常に印象的だと感じます。

世界的なギタリストとして成功した松本さんが、自分の才能を特別なものとして語るのではなく、音楽が好きだったことや、そこに時間を費やしてきたことを重視しているからです。

この考え方と寄付の使い道を重ねると、ある共通点が見えてきます。

それは、若者に結果を求めるのではなく、音楽に打ち込める環境を整えることです。

楽器や機材があれば、練習できる。

練習できれば、演奏する楽しさを知る機会が増える。

そして、その中から音楽を長く続ける人が生まれるかもしれません。

もちろん、実際に何人がプロのミュージシャンになったのかについては、今回の調査では確認できませんでした。

しかし、プロを輩出することだけが支援の成果ではないはずです。

音楽を好きになり、仲間と演奏し、何かに夢中になる経験そのものにも価値があります。

松本さんの寄付は、そうした経験の機会を広げる支援だと考えられます。

音楽家としての成功と地域への恩返し

松本さんは、B’zとして長年活動する一方、ソロギタリストとしても実績を重ねてきました。

2011年には、ラリー・カールトンとの共作アルバム『TAKE YOUR PICK』がグラミー賞を受賞しています。[出典3]

世界的な音楽活動を続けながら、自分が育った地域の高校生を応援する。

玄ちゃんは、そこに音楽家としての経験を次の世代へつなげようとする姿勢を感じます。

ただし、本人の内面について断定することはできません。

確認できるのは、松本さん自身が若者に音楽へ打ち込んでほしいと語り、実際に寄付を通じてその環境づくりを支援してきたという事実です。

まとめ|松本孝弘の寄付が未来の音楽家に残したもの

今回は、B’z松本孝弘さんが豊中市へ行った寄付と、その後の支援の成果について調査しました。

重要なポイントを整理します。

  • 2018年、松本さんはステージで使用したスピーカーキャビネットのオークション落札金全額を豊中市へ寄付した。
  • 寄付先は豊中市文化芸術振興基金で、高校軽音楽部の楽器・音響機材の購入などに活用された。
  • 当初の対象は7校で、その後、履正社高校が加わり8校へ拡大した。
  • 具体的な寄付総額は、今回確認した公開資料では明らかになっていない。
  • 桜塚高校では、感謝を伝えるバンド「桜塚Komachi Angel」が誕生し、2025年には8代目が活動していた。
  • 2024年には高校生による感謝のライブも開催された。
  • 2026年8月には、豊中市への私財の寄付により紺綬褒章を受章した。

玄ちゃんは、松本さんの支援を知って、寄付の価値は金額だけでは決まらないと改めて感じました。

かつて松本さんがステージで使用した音楽機材が、オークションを通じて寄付金に変わり、そのお金が高校生の楽器や設備に変わっていく。

そして、そこで音楽に打ち込んだ生徒たちが、今度は演奏によって感謝の気持ちを伝える。

こうした流れが何年も続いていることに、この支援の大きな意味があるのではないでしょうか。

松本孝弘さんが残しているのは、寄付金だけではありません。

次の世代が音楽を奏で、夢中になれる環境を残したことこそ、この支援の本当の価値なのだと思います。

参考資料・情報源一覧

本記事は、以下の公式資料・本人発言・報道を参考に作成しています。(2026年10月10日時点)

公式情報・本人発言

報道

コメント

タイトルとURLをコピーしました